経済の収穫を得る種蒔きの方法
聖書はガラテヤ6:7において、私たちが種を蒔いたものを、私たちは刈り取っていくと教えています。聖書は第2コリント9:6では、こうも教えています。「言いたいこととは、以下のようなものです。誰でも少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、誰でも豊かに蒔く者は、豊かに刈り取るのです」(English
Standard Version訳)。使徒パウロはコリントの教会に、彼らが神の国に献金を捧げる時、収穫をも刈り取ると教えていたのです。多くの信者たちは福音の働きに自分の経済を忠実に捧げるのですが、多くの者は、神が私たちが蒔いたものを私たちに刈り取って欲しいと望んでおられることを知りません。イエスは、私たちが蒔く時、私たちはかまを用いることによって収穫も刈り取らなければならないことを教えました(マルコ4:26〜29)。聖書は私たちが種を蒔き、種に水を注ぐが、神が成長させてくださると私たちに教えています(1コリント3:6)。多くの信者たちは、刈り取りは「自動的に起こる」と考えています。そうです!
確かに神は私たちの種を成長させますが、聖書は私たちに、私たち自身が行って、自分の収穫を刈り取らなければならないことを教えているのです! 多くの信者たちは自分の種を蒔き、その種に水を注いできましたが、彼らはその収穫を刈り入れてはいません。このコースでは私は聖書から、神の国と神の国の福音のために蒔かれたすべての種の収穫を刈り入れることを、どのようにして確かめることができるのかを説明していきます。私たちは、自分の収穫をいかにして刈り入れるのかを知らなければなりません!
このコースでは、私たちは以下のトピックをカバーします。
- 「種」とは何でしょう?
- 自分が蒔いた種に、どのようにして「任務」を割り当てることができるのでしょう?
- 自分が蒔いた種に、どのように水を注ぐのでしょう?
- 自分が蒔いた種が成長するための「良い地」とは何でしょう?
- 私たちの収穫を待つ間に行なうべき7つの事柄
- どのようにして私たちの収穫に気づくのか
- 収穫の時が来た時に、何をすればよいのか
- 自分が蒔いた種から、私たちはどのような種類の収穫を期待できるのか
- 私たちの収穫を失わないために、私たちは何ができるのか
- 私たちの収穫をどのようにして増やすのか
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